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トラウマとコンプレックス、スティグマ、そして解放へ
私は今、数人の方に日本語を教えている。

その中に一名、直に60歳になる女性がいる。

彼女は障害を持った息子さんが楽に暮らせる様にするため、自ら気功を習い

それこそ必死で生きてきている方。


彼女の名前はレイラニー。 ハワイの言葉で『天国の花』という意味。

本当に本人も大輪の花が大きく花咲いたような女性。


その彼女が気功の勉強の助けになるからと日本語を習っているのだけれど、

かれこれ、もう、1年近くなり、彼女の状況が徐々にだけれど変わって来た。

なんていうのかな、のびのびしてきたんだ。


実は、授業中、緊張して身体が固くなって息も荒くなってって事が時折

あったんだよね。そうと気づいたけれど、なんだろう?ナーバスなんだなろうなと

なんとなく気持ちを和らげるような言葉を投げかけつつ授業を行っていた。

だけれど、やっぱり度々パニック状態に近くなる事があった。


数週間前、ふと折りをみて、授業中、辛い時があるのかな?キツ過ぎる?と

聞いてみた。すると…

いつも明るい彼女から想いもよらぬ言葉が返って来た。


彼女のお家は彼女が小学校に入る前に両親が離婚し、母親が再婚、

その再婚相手が、彼女のお母さんと、その娘であるところの彼女と彼女の妹を

あらゆる力で支配していたのだそうだ。


小学校に入る時に、酒に酔った義父から

『お前は能無しだ。学校なんかにいっても何一つ意味がない。

 時間の無駄だ』と呪文の様に、それこそ毎日、浴びせられ

日々みぞうちを蹴られていたら、そのうち吐くのが止まらなくなり、

病院に通う様になるものの、ひどく強い、しかも身体に合わない薬を処方され、

その薬の副作用で悪化し、学校にもまともに行けず、

しかし家にいれば蹴られ続け…… でも母親はその父を止めることも出来ず

母も同じく父から暴力を受け続けていた。(※彼女曰く、彼女の母は

そうした状況を自ら選んでいたのだと想う、とのこと。それもまた人生、

娘としては楽になって欲しいと想ったけれど、彼女の人生は彼女にしか

選べないと今は想うのね…と言っていた。)


とにかくレイラニーは、その後若くして家を出て、

まずはギター一本でバーで歌いながら小銭を稼いで暮らしていくも、

喉の病気にかかり今までの様に歌えなくなる。

(シンガーにとって声を失うってどれだけ恐ろしいことかと想う…)


その後、自分の家族を、ちゃんとした家族を作りたいと想い、出逢った

男性との間で妊娠するも、その男性も暴力男でその妊娠を機に出て行ってしまう。

でも彼女はお腹に子供がいると知ってそれはそれはハッピーで

やっとの想いで出産。そのうちにその息子さんは盲目で、自閉症だと分かる。

(※本当に天使の様な息子さんです。)

そうして息子さんを抱えながら、声を失って一度は歌えなくなっていたけれど、

再度その変化したハスキーボイスを活かして旅回りのミュージシャンを

始める。そこで出逢ったのが今の旦那さん。二人で旅回りのバンドとして

10年以上、毎日バーでの演奏を続けて、今の土地で気功に出逢い、

腰を据え気功を学びつつ演奏しつつ、また、ペットシッターをしつつ

生計を立てて来たという。

今想えば、全てなんでもないことなんだよ、今こうして生きているのだからね。

全て自分で選んで進んで来たのよねとの言葉が、とても力強かった。

子供の時分、親を選ぶことは出来なかったけれど、そして、

私は父の言葉の呪縛をなかなか解くことができず、自分は能無しなんだと

その与えられたスティグマとコンプレックスとトラウマとで

なんて自分はなにもないんだ、なんて駄目なんだと想い続け、

どうにも自分を憎み嫌で仕方がなかったのだけれど、

でも、義父の言葉を受け入れそうして自分をその箱の中にいれる事、

全てを許容しその中にいることを選んだのも自分だったと想ったのね。

なにも義父の言うことのままいなきゃいけないことはない!ってね、

そう初めて想えて、でね、その途端、ここから出よう、私はやれる、

自分のやりたい事をやろう、私はできるってすんなり想えた。

私は再び生まれるんだって想ったの。

だからね、今、ものすごく勉強したいの。

やりたいことをやりたいの。


デニス(今の旦那さん)は、初めて私が私のままでいいんだと

教えてくれた人。変わらなくてもいい、そのままでいいんだと

心底信じさせてくれた。なんのコントロール化にもない関係性の中にいるのは

私にとって初めてのことで、そうしたら自ずと、私は変わりたい、

このヒトと一緒に沢山のことを学んでいきたいと想えたのね。

誰かが誰かを変えることは本当は出来ないと想うのだけれど、

でも自分が変わりたいと想ったら変わる努力は出来るんだということも知ったの。

だから、勉強したいって本当に想った。私はまだまだやれるって想った。

彼はね、恩人であり、今でも一番の親友よ。

デニスが明日死んだら、生きていく意味を失う気もするけれど、

私は生き続けるんだ。

なぜって、『君の人生を生き抜け』というのが、デニスの望みだからね。

私は生き抜くんだって想ってる。いつ死んでも後悔ないって位生きて来たから

本当にね、やれる限りの事をやって最期の時を笑って迎えれるよ〜と

すっごい大きな花が咲いたみたいに笑った。

どうにもたまらなくなり何も言えなくてでも本当に彼女のすべての言葉に

共鳴して、ただただ頷くばかりだった。


学ぶということに対して、もう50年以上も経っているのに未だに

小さい頃のトラウマが彼女を襲っていたんだということを知り、そのトラウマと

闘いつつ、幼い頃彼女に焼き付けられたスティグマと闘っていたんだと

その事も知って、私も何かそうして彼女が彼女自身を解放していく

お手伝いが少しでも出来るならそれは本望だと想った。

私はたかだか日本語を教えているだけだけれど。


逆に彼女からも多くのことを教わってると想う。


生まれた場所や、人種、ないしは、その育った環境によっておされた

スティグマは深く残りがちなものだけれど、

そのスティグマを取り去り、解放することができるのは

自分しかいないんだよね。

でも、そうした中では出逢った人の力も本当に大きく、

全て自分一人で全てを行えるってことでもないとは想うんだけれど。

親だったり、社会だったりに決められたロールを演じることはない、

自分で生きたい様に生きればいいんだと本当に想った。


不慮の出来事は多々起こるけれど、でもそうした中で、

何をするにも、どう進んでいくのも、やっぱり自分の選択だなとも想う。


レイラニーと話した後、ふと『嫌われ松子の一生』の松子を想い出した。


私があの映画が大好きなのは、彼女は落ちぶれた生活の中の

夢の中で、死に別れたコンプレックスの元にあった妹の髪を切る。

そして可愛いボブヘアにすっきりと変化させて上げる。

その妹の笑顔がそこにあって・・・ で、夢から覚めて一言。

『私、まだやれる』 

そしてかつての親友からもらった名刺を探しに野原に出かける。


『私、まだやれる』って自分で想えた松子に本当に私は打たれて

なんだかすごく救われた。

確かにあの後の死は虫けらの様に殺されてひどい有様ではあったけれど、

それでも自分を諦めなかった彼女はちゃんと昇天する。

その姿が美しく暖かい想いで彼女を見送ることができた。


私には、あの『私、まだやれる』って言葉が、

どれだけあの映画の中で大きかったかしれない。


私の教え子さんのレイラニーも、言葉にするとあっという間の数行で語れる

半生かもしれないが、それは相当のことだったと想うのだよね。

今輝いている彼女がいること、本当によかった…と想う。


さて、本当に色んな出会いで私も支えられ、沢山の大事なことを

教わっているなとしみじみ想います。


そして、今も私の座右の銘は『人間とは選択し進み続ける可能性体である』だ。


人生、まだまだ。



透子拝
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by bluenoblueno | 2008-06-09 14:53 | 雑記
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